救いを求めて祈る、供養のために祈る、日々の感謝を祈る。
だいたいこの三つのことを思いながら、毎日神仏に手を合わせる。
人生も中盤をむかえると若い頃のように希望も失せてくるから、あまり欲望的な祈りはなくなる。
人生は努力だけでなんともならないし、酷な話自分の性能に依るところも大きい。
また性能が良いから良い人生というわけでもない。
確かに性能が良い方が良い人生を送れる可能性は断然に高いが、運の強さも関係してくる。
運の強い人が人格者でないことも多いし、理不尽な結果が多いのも現実。
たまに嫌になるが、死ぬまでは生き続けないといけない。