いろいろあるが

毎日いろいろあるが、まずは観音様や大黒様・毘沙門様に感謝🙏

人間はずっと生きられるわけではない。

いつかは必ず死ぬ。

だから、それまでは生きなければならない。

苦しければ祈ろうと思う。

解決する、しない、にかかわらず祈ろうと思う。

人は弱いから心の支えが要る。

自分の場合はそれが観音様なんだと思う。

運命は見えない誰かが書いたシナリオである程度決まっていると思っているが、それでも生きる術として観音信仰などが昔からあるのだと思う。

今日も観音様を信じて一日を全力で生きようと思う。🙏

自分へ

日常生活も武道の稽古と思え。

仕事もまた同じ。

観世音菩薩や毘沙門天が心の中にあるということを強く信じ、慈悲の心と強い信念を持つこと。

この世は見えない力が作ったシナリオで動いているが、シナリオの中にはいくつかの攻略法や隠しアイテムもあると俺は思う。

今の担当で嫌がらせをしてくる同僚がいるが、毘沙門天が悪鬼を踏みつけるように、悪には毅然と立ち向かえ。

胆力を第一とすること。

また、力みを抜き日常生活の中でも「武」を追求すること。

観音様の化身である毘沙門天が自分の中にあると信じ、弱い自分は消し去ること。

強さの中に優しさを持つこと。

人間いつかは誰でも必ず死ぬ。

毘沙門天と一緒にあると信じ、そのように生きること。

自己啓発本とか読まなくてよい。もう、十分にいろいろ読んだり考えたりしたはず。

とにもかくにも行動すること。

死ぬまで「日常生活も含めた武」を追求するための時間と思うこと。

あの世に帰る時にある程度よく生きたと思えるように過ごすこと。

南無観世音菩薩
南無観世音菩薩
南無観世音菩薩
🙏

気になる夢

今朝見た夢の話

既に亡くなっている祖父母から電話がかかってきた。

「あれ、祖父母は既に亡くなっているはずだけど」と夢の中でも違和感を感じながら電話に出ると祖母の声で「○○には気をつけなさい」と言われる。「○○って、△△のこと?」と聞き直すと、「電話を変われ」と今度は祖父の声で「○○は□□のことで、あの~だから、○○は」みたいに必死に俺に注意を促してきた。

俺も一生懸命何を伝えたいのか確認するが、途中で受話器が別のモノに変わり、電話は途切れてしまった。

そこで目が覚めたので、忘れないうちにスマホのメモに残して、まだ5時だったのでまた寝た。

2ヶ月前にも祖父母が夢に現れてあの世に帰るというので、電車に乗せる夢を見たので、起きてからも気になってる。

注意を受けた事は、何かその時が来ればわかると思うから、気をつけるようにしたい。

祈り事より、そのものをイメージする

けして楽にはなっていないが、最近はピンチの時に観音様に救われているのがわかる。

「あ、助かった」と思うことが増えた。

観音経の読経は無意味ではなかった。

そして、今朝も読経したが、その時に「自分自身が観音様や毘沙門様にならなきゃ」と思った。

読経の間はなにかを願うのではなく、ひたすら観音様や毘沙門様をイメージする。

自分というハードウェアに観音様や毘沙門様をダウンロードするつもりでイメージする。

この世は苦しいことが多いし、生まれてきた時の役割によっては理不尽な思いをする人も多い。

救いがなければ、本当に苦しいだけの世界になってしまう。

だから、観音経やご真言があるのだと思う。

この世界の創造主が用意した隠しアイテムみたいなものだったのだろう。

それを昔の高僧たちが見つけていったのだと思う。

願いは言わなくても神仏は人ではないから、すべてご存知。

大事なのは祈る対象となる神仏そのものを強くイメージして祈ること。

これが祈りが叶う秘訣と言ってる僧侶もいた。

人生が苦しく、楽ではないことは変わらない。

しかし、ピンチで救われることは本当にありがたい。🙏

南無観世音菩薩🙏
南無毘沙門天王🙏
南無大黒福寿尊天🙏
南無神田大明神🙏
南無鹿嶋大明神🙏
南無八幡大菩薩🙏
南無七面大明神🙏
南無三輪大明神🙏

構わないで欲しい

会社に向かう。

昨晩は遅くまで残業したから、ちょっと疲れてる。

一人の同僚が自分にはきつくあたってくるし、楽ではない。

俺は人より得もしてないし、孤独な中年なのだから、構わないで欲しい。(^_^;)

観音経

延命十句観音経を唱えるのも18000回を越えた。

30000回まで到達したい。

昨日はパワ○ラをしてくる上司が休みだった。

仕事の波も谷間で落ち着いていたので、久しぶりに定時退社した。

家に帰って録画してたアニメを見て、それから寝た。

今日はパワ○ラ上司も意地悪な同僚も出社する。

だけど、最近、延命十句観音経というお経の力を信じるようになった。

ギリギリのところで救われているし、運の流れを良い方向に導いてくれている。

一気にというわけにはいかないが、このお経を読んでいると悪い縁から遠ざけてくれているとわかる。

止めたいと思ってたモノから自然と離れていったり、お経が大きな船のように自分を乗せて良い方向に連れていってくれるような感覚である。

最初は観音様をイメージしてお経を唱えていたが、唱えるうちに他の神仏もイメージで浮かぶようになり、そのイメージが今の自分に必要な要素だったりする。

俺は自分の人生は詰んでいるから、いつ終わっても未練も後悔もないと思ってはいるが、できれば良い終わり方をしたい。

この経文はありがたい。

これからも読経は続けようと思う。